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アートセラピーのメリットを伝えるつもりが、その体験から自分の内面で感じたことをありありと綴っていたら、『自分との関係の変化』の話になってた件


今日は私のカウンセラー仲間が主催のワークショップに参加してきました。


その方は奈良市にお住まいで、地域ボランティア活動をしているので私も一緒に活動させてもらうことがありまして。


その一環で、月1回ワークショップ(アートセラピーがメイン)の時間があり、それに参加してきたわけです。

このごろは一人で内省することに慣れすぎていたのもあり、新鮮な気持ちで今日のワークを迎えた気がします。



今回のワークもアートセラピーなので、自分の感じたことを絵にするんですけど、その過程でもじつにいろんな自分に気づきます。



実は私自身、アート体験を始めた頃は、すごく苦手意識もありました。


というのも、描き出してみたはいいけど、思ってたのと違ってやり直したくなる自分にも気づきますし、絵心の無さにイヤになったり、『え、これでいいんかな?』と不安になって正解を確認したくなる自分が出てきたりとか、、


とにかく、なんかふんわり漠然としてて、あんまりそういう世界って苦手だったんですよね。


特に周りの評価やできる自分が意識を制していると、出来栄えや成果を気にしちゃうんです。


まぁでも、そういう自分に気づきつつも、何度もこういうワークをやっているなかで、わりと評価を気にせず、私はいまこう感じたしこういうことが浮かんだからそのまんまそれを描いてみる、ということが少しずつできるようになってきた感じはあるかもなぁーと、少し成長も実感しています。



アートって、本当に自分の無意識が反映されます。それが面白いところなんですけど、

普段私たち、自分の気持ちや考えを伝えるのに言葉を使うので、相手のこと考えたり気を遣ったりなど、本音と建前があるように、良くも悪くもうまいことそれで成り立たせられちゃうんですよね。


でも、アートで向きあうと、言葉にしていない感情や、無意識にも抑圧してきたことだったりが浮かび上がってくることがあります。


それが自分の現状とリンクしていることが多かったり、そこからその人らしさが見えてきたりするので、自己理解が深まったり、新たな自分(ずっとそこに居たけど気づかなかっただけなのかも)を発見したり、ということが本当によく起きます。


回を重ねるほどに、自分で自分が見えるようになっていくので、何度やっても奥深いんでよ。



アートにもいろんな種類があるので、その時々のテーマに沿って描くんですけど、最終的にやってみて感じたことや気づいたことをシェアしていきます。その際に、自分の内面で起きたことをキャッチして、ことばにするという練習ができるなぁとも思いました。


私はけっこう、最初から最後まで長々と話しちゃうんですよね。

仕事的にはアカンやつ、結論からお願いします、と指摘されるやつです(笑)



でも、どうして自分がこう思ったかっていうのはこういう流れがあったからで、私にはこんな考えがあって、、って、けっこう、自分の隅から隅まで伝えたい、理解してもらいたい、端折りたくないという気持ちがあるからだ、ということにも後から気づきました。



そうか、分かってほしい自分がいるんだなと



そんな自分に気づいて

今までだったら、



そんな全部理解してもらえるわけないやろ、

あれもこれも欲張ったらあかんやろ、

もっと整理して分かりやすく伝えろよ、



こんな感じで自分を責める声が大きくて、自分の発言が終わってからどんどん縮こまっていく自分がいて、、

今思えばすごくいたたまれない気持ちになりますよね←


他の人の発言もまともに聞くことが出来ず、自分の世界で反省会が始まるわけです。


空間は共有していても、私は「今ここ」の体験ができていなかった。

⇒この感覚も実に多く感じてきた生きづらさのなかの一部分です。


『生きてる実感が沸かない』というのもこういうところからつながってたなぁと。



だけど、シンプルに【分かってほしい私】だけを受け取るようになってきた、ということにも気づきました。


それをキャッチしたら、


そうか、じゃあ私が私を理解しよう。

私のことだからことば足らずだとしても、私が誤解することもないし、もしも誤解が心配になったり、後から言いたくなったことが出てきたりしたなら、何度だって言い直してもいいし補足したらいいし、そのたびに、そうだったんねー、っていつでも聞くし、その都度コミュニケーションして確認し合えばいいだけだから大丈夫じゃないかな?



こんな感じで思える私も育まれています。


こうやって、自分で対処しようと思えるようになってきたのも、私が私を理解しようと努めてきたからこそだと思うし、そうなると、他者に『分かってよ!』と求めようとする自分が小さくなっていることにも気づけました。

もちろん承認欲求はゼロにはならないから、そりゃ他者にも分かってもらえたら嬉しい気持ちはある。だけど、全てを他人に預けずとも、自分でできる部分が増えてきたなぁと成長を感じるわけです。


もうひとつ気づいたのは、誰かに何か伝える時、もはや1回で全てを完璧に伝え切ることを自分に課していたということも分かって、そりゃ無理だ(笑)と笑えるようにもなれたぐらいです。


ただの人間なのに、それができないというのが自分的には「恥」だったんですよね。

神や仏にでもなったつもりで、、というか憧れてる自分もいるんですけど、それはまぁ死んだらなれるかぁ、と思えるぐらい自分を許容できるようにはなってきたみたいです。



こうやって書き起こしていると、今までどんだけ自分に厳しかったのよ、というか無理難題をふっかけすぎだろ、と思いますし、そんなの求め続けられた自分が可哀そうにも思えてきて、マジで自分ごめん、と思いました。


同時に、そんな自分の対応にもめげず、自分が期待してきた自分になろうと一生懸命やる、だけど誤解されたらイヤ、上手にやらないと‥って

自分はただ自分のために健気に頑張り続けてきただけなのかもしれない。

でもそのせいで、過緊張や過剰適応を起こして、すっごい不自然になってみたり、大量のエネルギーを消耗して燃え尽きてしまう自分がいたのかもしれないなぁと。


そんな事情にも気づけましたし、

けっきょく、自分がダメなのは自分がダメだとジャッジしているからにすぎなかったんだなと。



とにかく、気づき気づき~の連続で・・・


ここまで書いておいて今更ですが、本当はアートセラピーの良さをお伝えしようと思って書き始めたんですが、私の内観と気づきのお話になってしまいました💦



仕方ないのでこのまま締めくくりに向かいますが、



無意識の世界に触れた後は、自分の欲求が出やすいな、というのもワーク後に気づきました。

自ずと無意識にはたらきかける体験をしたわけですから、当たり前と言えばそれまでなんですけど、



我慢することが慣れっこになっていたり、日頃自分を抑圧したりとか、そもそも何をしたいかってあんまり考えてないわ、という人ほど、そんな風に感じるんじゃないかなぁと思うのです。私だけかな?


次の機会にシェアしてみたいなーと思います。



で、今日の私は帰りに"牛丼食べたい"ってすんなり浮かんだんです。


私のなかでは、帰宅して残り物でなんとかする、が定番になっているので、あんまり●●が食べたいとかって浮かぶこと少ないんですよね、一人の時は特にそうです。


それが、珍しくそう思えたので、だったらそれを叶えてあげようと、牛丼買って帰りました。


自分が自分をゴキゲンにしてやれることがある、と思えると

それだけでちょっと成長したぞ、強くなったぞ、という気分にもなれます。


実際成長したんだと思うし、そんなしょーもないことで喜べる私、ちょっとかわいいやつやな、とか思ったり(笑)

いやでもしょーもないか、こんなことで嬉しくなって、って、誰かと比べるもんでもないやろう、、、


とかって、まぁいつもこんな感じで、


私の思考はいくらでも、後から後からいろいろと考えるというスタイル(もはやそれが趣味の域)なんですけど、理屈こねたいだけだしぜんぶエゴなので、最近は聞き流す(スルーする力を発揮する)ようにもなりました笑


最初に思ったことだけでいいのに、筋道立てようとかきれいにまとめようとか、

だれに伝えるわけでもないのに、余計なパワー使わんでもええがな。


そう思えて次に進めることが出来る時もあれば、どうしてそこまでこだわる?ってぐらい、いまだにしつこく思考を回し続けることもあったりします。


それはきっと、思考をたくさん回すことで自分が守られてきた部分もあるんだろうし、思い当たる過去の体験も自分のなかにはあるので、やっぱり馴染みで出てくることも多いです。


一進一退を繰り返すなかですが、その都度、今の自分は何を意図して、なんのために、今これやってるんだっけ?と投げかけてやれるようになると、私の”ムダ思考さん”とは距離が置けてちょっと落ち着くことも増えてきました。


衝動的にならず、一呼吸おいて自分の状況を観察できる自我が、少しずつ少しずつ育ってくれてるなあと実感できた今日の終わりでした。




ここまで読んでくださった方、ありがとうございます^^

アート体験についてはまたの機会に。





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